Matsusaka Merchants
江戸時代、三都(江戸・京都・大阪)のみならず
関東・東北の各地に進出し、日本の商業史に名を刻んだ
松阪・伊勢の商人たちの足跡を辿る。
日本の三大商人とは、大坂商人・近江商人・伊勢商人と称される。 近江商人と伊勢商人に共通するのは、地場ではなく 他所で活躍した ことにある。
なかでも伊勢商人は、三都(江戸・大坂・京都)で目覚ましい活躍を示しただけでなく、 東北地方をはじめとする地方へも数多く進出した。
このサイトでは、松阪およびその周辺出身の商人の足跡を辿り、 各地との連携の歴史を振り返る。
江戸時代に伊勢商人は三都(江戸、京都、大阪)で活躍したのみならず、関東、奥羽の各地に進出した。
伊勢商人が他所からも一目置かれるのは、伊勢国生まれでありながら他所で活躍したからこそである。 いずれの地域も、歴史的経緯から武士による締め付けが緩く、自由都市のような状態にあった。
江戸幕府が開府するとすぐに射和の富山家が進出した。以来、伊勢商人の江戸進出は目覚ましいものがあった。
「江戸に多きもの 伊勢屋、稲荷に犬の糞」
── 当時の江戸の川柳
「人の気をくみて商いの上手は此国なり」
── 井原西鶴による伊勢商人気質の評価
「近江泥棒、伊勢乞食」または「近江辣腕、伊勢始末」とも称された。 倹約・勤勉・投機を避けた堅実経営が伊勢商人の真骨頂であった。
伊勢商人が江戸で主に取り扱った商品は、 木綿・茶・紙 であった。
文政12年(1824年)の大伝馬町一丁目の木綿問屋21家のうち、伊勢商人が15家、そのうち松坂商人が10家を占めた。
| 屋号・姓 | 本拠地 | 屋号・姓 | 本拠地 |
|---|---|---|---|
| 長谷川屋源右衛門(長谷川) | 勢州松坂 | 布袋屋善右衛門(嶋田) | 京 |
| 太和屋九郎左衛門(長井) | 勢州松坂 | 奈良屋伊右衛門(澤の井) | 京 |
| 丹波屋次郎兵衛(長谷川) | 勢州松坂 | 中屋喜三郎 | ─ |
| 太和屋三郎兵衛(長井) | 勢州松坂 | 伊藤屋利助(伊藤) | 尾州名古屋 |
| 伊勢屋権右衛門(小津) | 勢州松坂 | 丸屋藤助 | 江戸小向水道町 |
| 長谷川屋次郎吉(長谷川) | 勢州松坂 | 升屋七左衛門(久須木) | 大伝馬町一丁目 |
| 綿屋宗兵衛(長井) | 勢州松坂 | 戎屋六郎次(長谷川) | 勢州松坂 |
| 亀屋武右衛門(長谷川) | 勢州松坂 | 嶋屋六兵衛(岡本) | 勢州松坂 |
| 田端屋次郎左衛門 新店(田中) | 勢州津 | 田端屋次郎左衛門 本店(田中) | 勢州津 |
| 川喜田屋久太夫 | 勢州津 | 川喜田屋兵四郎 | 勢州津 |
| 大黒屋三郎助 | 勢州 |
※ 赤字は松坂商人。21軒中伊勢商人15軒、うち松坂商人10軒を占めた。
茶問屋においても20家中12家が伊勢商人(津の中条家、射和の竹口家など)。
紙問屋では松坂の 小津家 が最大の問屋であった。
呉服商として進出した豪商は両替商も営んだ(松坂の三井家、射和の竹川家、相可の西村家など)。
現在まで日本橋近辺に残る伊勢商人の後裔:
三越(三井家)/小津和紙(小津家)/国分グループ本社(国分家)/ちくま味噌(竹口家)/にんべん(四日市出身)
江戸店持の大商人は、京都・大坂にも進出して商品を仕入れるようになった。 江戸では金貨、京都・大坂では銀貨で決済されたため、両替商の役割が必然的に重要となり、これにも伊勢商人は深く関わった。
江戸に進出した伊勢商人は、自然と近郊の関東にも土地勘を持つようになった。
東北地方で出羽と呼ばれた山形・秋田で最も多かった他国商人は伊勢商人であった。特に秋田、山形県の横手・鶴岡に集中していた。
輸送路は、桑名から近江経由で陸送し、敦賀・小浜などの湊から日本海経由で出羽と交易した。
河村瑞賢の功績: 寛文12年(1672)、東宮村(現南伊勢町)出身の河村瑞賢が幕命により 山形県酒田を拠点に東回り・西回りの航路を開設し、伊勢商人の名を全国に高らしめた。
他国者には警戒感を持つのが世の常であるが、伊勢商人は却って歓迎された。その背景には、伊勢信仰の高まりにより、伊勢出身者が親近感を持って迎えられたことがある。
伊勢信仰を広めることに一大貢献をしたのが 伊勢御師 であった。御師は、目的地の領主が帰国する一年おきの年に半年ほど滞在し、各地を巡って伊勢信仰を広め、伊勢参りを勧誘した。
伊勢御師が持ち帰った各地の情報は、伊勢商人の進出に大いに役立ったと考えられている。
伊勢商人の足跡を調べると、商売だけでなく、さまざまな文化的・社会的貢献をしていることがわかる。特出すべき文化的貢献は、著書を集めて 私設図書館 を設けたことである。
各家は家の存続と繁栄を願い、種々の掟を作成した。倹約と勤勉が伊勢人気質であり、投機的商いを避けて堅実な経営を目指した。
「人の気をくみて商いの上手は此国なり」
── 井原西鶴(伊勢商人への最大の賛辞)
伊勢商人の概要については、金児紘征「秋田と伊勢商人(前編)」(『あきた経済』2022年11月号)をお読みください。
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主催:松阪風土記の会